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キラー・クイーン メモリーズ Killer Queen memories

 以前のブログ記事で Queen が Qeen になっていたのに、全然気づいていなかった。なんともお恥ずかしい、到底ファンとは思えない事をしていた。🥵ハズカシ・・・

1974年クイーン (Queen)の3rdアルバム『シアー・ハート・アタック』からの先行シングル「キラー・クイーン」が全英2位のヒットとなった。

 1978年当時、丸刈り頭の中学3年(15歳)の私は、よく幼なじみの部屋にこもって、受験勉強もせず、たしか銀色の“パディスコ ”と呼んでいたステレオ・ラジカセでディスコ・ミュージックを大音量で流し “ 異次元の世界 ” にイザナッテもらっていた。彼は近所の5歳年上の先輩達から、深夜のドライブに連れて行ってもらっていたようで、思春期真っ只中の私達の中では、一歩先を行く男で、良いも悪いもいろいろ教えてもらった。
 彼が 『 これカッコいいぜ!』 と ▶ ▶ 早送りし流してくれた。♬・・・レザびーむ・・ ♬ きらー~くぅいぃー~ン ♬ 私の拙い英語力でも聞き取れる、 高音ボイスで流れるようなメロディーに、衝撃を受け一発で気に入ったのを鮮明に憶えている。

 今 Queen の映像を観るとファッションや格好に違和感を感じるが、雑誌でみた時はカッコいいなーと思っていた。私は昔からビジュアルは極力見ない主義で、音楽と詩を重要視するタイプだったので、評論家や友人の批評は冷めた目でみて、1歩距離を置いていた。ミュージシャンや芸能人のゴシップ、スキャンダル、麻薬事件など昔から騒ぎ立てるが、一人の人間だし、” 神 ” のように持ち上げる風潮には違和感を感じる。

 さて当時は映画 『 サタデー・ナイト・フィーバー 』が世界中で大ヒットした影響で、若者が週末に “ ディスコ ” 今でいう “ クラブ ” に入り浸り、踊り明かす様子がTVでも放映され社会現象になっていた。また踊れるディスコ・ミュージックも様々な国からヒットして時代の変化を感じさせていた。人気のTV番組『 ザ・ベストテン 』でもスェーデンから来た “ ABBA ” が出演していたのを食い入るように観ていた。
 
 しかし未熟な私たちは、欧米人をすべて “ あめりかぁー ” アメリカ人、と呼んでいたし、そう思い込んでいたので、カセットケースのタイトルに邦楽、洋楽を “ アメリカ音楽 ” と書いた友人も多くいたし、かくいう私もそうだった。
 だが良く聴いていたボニー・M、アラベスク、などは西ドイツのミュージシャンだし、私がはまったロックバンドはほとんど、イギリス人である事を後で分かって😲苦笑いした。

 

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